ひとことタルト

黒ラブタルトと娘のハニーの たるたる~な日常を ちょこっと書いてみました^^

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15年前、
今まで体験したことのない大きな揺れで飛び起きました。

揺れこそひどかったものの
神戸の市街地から山を越えた田舎に住んでいたので
家屋の倒壊はなく
ただ、電気もガスも止まってしまいました。

昼の12時ごろ電気が復旧し
テレビをつけて初めてみた映像は
燃えている神戸の街でした。

そのとき
ものすごいことが起こったんだと
初めて理解しました。

西宮の親戚が下敷きになりました。
すぐには掘ってもらえませんでした。
葬式をするにもお棺も車も手に入らず
父が隣の市から連れて行きました。

消防団の父は
毎日炊き出しの手伝いにいきました。

テレビはずっとつけっぱなしで
震災の情報ばかりみていました。
夜は家族全員で居間で寝ました。


同じ神戸市民だけど
瓦礫の街を直接見たのはもっと後になってからでした。

でも毎年
5:45分には目が覚めます。
静かに黙祷をします。

タルトとハニーがまだ寝ています。
平和と健康を願う朝です。





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コメント

ちょうどその日は・・・

わしもあの日は覚えてます。
その頃は神奈川にいましたが、ちょうどその日は代休で、朝からずっと見ていました。
犠牲者の数が、始めは少なかったのに、どんどんと増えていくのが怖かったです。
ビルが倒れているのにもビックリしました。
ピアノや家具が飛んできたという話にも・・・
今の職場にも、当時神戸にいて、震災を経験した人がいますし。
なくなられた皆さんのご冥福をお祈りいたします。

怖かった・・

当時、所沢にいたんだけど
テレビで高速道路が壊れているのを見て
自然災害の前には人間の作ったものは
なんて華奢なんだ・・・って思ったよ。

そしてテレビ見ながら怖くて怖くて・・

その1~2年後に住んだ福岡で神戸は垂水にいて
被災したご一家と知り合いになり、その家にいた
シーズー犬が被災して家族とはぐれた子・・
家族はどうなったのか解らないんだ・・・って聞いて
ものすごく涙が出た・・
遠くに居たけど、他人事ではない記憶として
私の中に刻印されています。

なくなった方々のご冥福をお祈りします。

すごい地響きで目が覚めました。
そのすぐ後に「ドンッ!ガタガタ」って揺れだして…。

西宮に住んでる友人に連絡が取れなくて
泣きそうになってたのを思い出します。

今でもあの地響きを鮮明に覚えてます。

あの日失われたすべての命に
心からご冥福をお祈り致します。

そうでした

普段はテレビをつけない我が家ですが、その日に限ってテレビをつけたのです。
燃え盛る長田区。そういえばお隣は実家が神戸と思い電話をすると、お隣も偶然に
テレビをつけていたとのこと。

奥さんの実家が被災し、ご両親は大丈夫だったけれど、借家がつぶれてなくなった方が出たとか。
ご主人のほうは同じ長田区でも川を挟んでいたために被害がなく、井戸水を使っていたので水も不自由はしなかったといってました。

3日後に神戸に行くというご主人に、お水とパックのご飯を持っていってもらいました。
ご主人は大阪で自転車を買って(その年に中学合格した甥ご君のため)自転車で神戸まで行ったそうです。

そして、社宅が被災した奥さんの妹さんがしばらくいたことを思い出しました。

あれから15年経ったんですね。
なくなった方のご冥福を祈らずにはいられません。

すっかり遅くなりましたが、
コメントありがとうございました(^^)


天災はさけられないので怖いです。
あんなに被害が大きかった神戸でさえ
意識は薄れていると思います。
45分に目が覚めるのはつけっぱなしのテレビのせいかもしれないけど
「ちゃんと思い出しなさい」といわれているようで
必ずおきて46分にあわせて黙祷するんです。

うちは…さしあたりはドッグフードの買い置きをしとかないとなぁ…。


>らぶ父さん

私が4月から三宮に仕事に行き始めたときにも
まだ傾いたビルがいっぱいありました。
亡くなったいとこの家も全壊だったので
ずいぶん長いこと更地のままにしてありましたよ。


>あるべるさん

数ヶ月後くらいに、
行き場のなくなった犬猫たちが譲渡されてた記憶があります。
震災以降、小型犬が飼える市営県営団地が増えましたね。
被災した方たちが犬と一緒に住むところがなくなったからです。


>coiさん

いまでも地震があると
そのまま大きなゆれになりそうなぐわーんとした恐怖心がわきます。
停電でまっくらなのに明るかった…月夜だったのかな。


>majoさん

うちは神戸でも田舎の方なので
水は大丈夫で電気も昼には復旧しました。
数日後には近所の宿泊施設がお風呂を無料開放しはじめ
毎日市街地方面からたくさんの車がきていました。
鉄道が再開するまで、みんな(ダンナ君も)もくもくと歩いて会社や親戚まで歩きました。

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